通所リハビリで少しでも汗をかこうと   7/19(水)

@fumi
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最高気温が35℃。夜も26℃と熱帯夜。脳梗塞後遺症の身体には辛い日々が続きます。
家でクーラーをかけじっとしているより、通所リハビリで少しでも汗をかこうと、<怠いからいくのやめようか>と思う気持ちに打ち勝ち、迎いの車に乗り込む。

有酸素運動はマスクは辛い

下肢のみは腕の補助がないのできつい

有酸素運動
・ニューステップ:負荷5 上肢・下肢5分、下肢のみ5分。
 相変わらず右腕の痙縮により可動範囲が狭い、続けていくうち広がるそうである(同症状のFuさんのアドバイス)下肢のみは腕の補助がないので緊いが、良いトレーニングになりそう。
・エルゴメーター 負荷2 10分。
 次からは負荷を上げて行いたい。
・トレッドミル 速度2.6 傾斜2 10分。
 姿勢と足の運びを意識して行ったが、動画を見返すと、ガニ股は相変わらずである。
平行棒で片足立ち、階段ランジ、ウォーターベッド、メノマー(スイングモード・レベル5)を行う。

リハビリ施設一周35.7ⅿ。毎回、最低30周は歩くように

今日の杖なし自立歩行の動画です。
代り映えしないが歩行の記録として毎回出来れば掲載し、後の参考にしたいと思っています。
意識はしているが出来ていない点の確認の為
・姿勢<目線 胸部>・腰の位置・右麻痺足<降り出し・体重移動(踵→足全体→拇指球→爪先)・麻痺足で体重を支え>・足の位置・歩幅 等々。
追記
リハビリ施設に距離測定器があったので施設内歩行距離を測ってみた。
一周 35.7ⅿであった。30周で1kmになる。
毎回、最低30周は歩くようにしたい。 

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コメント

  1. ありがとうございます!発見が発見をよぶ。なるほどです。そのためにはやるしかない。そうですね。私は右視床出血により左半身麻痺が残りかつ、感覚が鈍く触られてもどの箇所が触られてるかわからない状態ですが、やり続けていきます。

  2. こんばんわ。

     歩行姿、よく見られました?

     明らかにラインを外しているところが減っています。右足または左足できちんと踏んでいますね。こういう小さな変化が積み重なって次のステージが開かれるのであって、気づくべきはここなんです。厳しい言い方かも知れませんが、漫然と歩いていては気が付きません。移動の自由を得てQOLを上げたいのなら、取り組み方もあるはずです。なのに変化に気が付かないのでは勿体限りです。

     ただラインを外さなくなっているということは、今までとは違った所に意識や力が入っていると考えられます。筋肉疲労や炎症など、慣れないうちはなんだかんだと起きますから、そこは気をつけてくださいね。

     群れていても変わらないし、能書きを垂れていても変わりません。自身がヤルしかないんです。くどいけど気が付かなかったらそれまで。自身で判断して自身で行動を起こすしかないんです。

     可能性なんて誰にも判りません。
     だからやってみる。
     ただそれだけ。

    • こんばんは、
      言われて初めて気付きました。
      変化に気付かないのでは勿体ない、『小さな変化も見逃さず次のステップの糧とする』
      何が変わり、何が足りないか・・・考え、実行して行くことが大切なのだということ。
      的確な指摘ありがとうございます。

    • 素晴らしいコメント拝見し、正直、やる気がバワーアップしました!自身の少ない変化を見落とさない、自分が判断し行動に移す、群れて時間だけ潰すだけではもったいない、諦めずに可能性は無限、一つ一つのリハビリを考えながら取り組む、自己管理も併せて!と自分なりに解釈させていただきました。
      可能性は本当にだれにもわからないです。ただ、行動しなくては維持さえもしなくなりますね。勇気をいただきました!

      •  こんばんわ。正直私も投げ捨てていた時期がありました。左足は全く感覚がなく、叩こうが何をしようが無痛・無感覚であり、いっそのこと切ってしまってもと考えていたぐらいです。ほんの僅かな足裏の刺激を感じるまでは。

         映像でベッドの脇で足踏みしているのが残っていますが、あの時は膝は全く感覚がありませんでした。足踏みになっている理由は、『短時間なら左足も耐えてくれるのではないか?』と考えたことからでした。ところが足が上がっている感覚が全く解っておらず、作業療法士さんに『足をついた感じが今日は判る』云々の会話が残っているぐらいです。今にして思えば、危険を顧みずよくやれたものかと。
         
         あのへんから感覚が戻ってくるのですが、刺激に対して貪欲なぐらい敏感でした。一度経験すると、『あの時出来たのだからまた出来るはず』とか『再現性を目指す』とかもはや実験の塊。朝起きてから夜眠るまですべてリハビリ。そのうちに発見が発見を呼ぶ事になり、出来なかった膝立ちができたりとか、あれっと思うことがありました。だから他人の目にどう映ろうが、やるのは自分。分析してトライして次へ。

          可能性は誰にも判らない。
          それは自身が学んだこと。
          だからやるしかないんです。

          群れていても何も変わらない。
          能書きを垂れていても何も変わらない。
          それで回復できるなら、みんな回復してる。

          そうじゃない。
          やってみるしかないんです。